住宅保証制度の比較研究
松本光平
建築研究報告 No.115, 1988, 建設省建築研究所
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<概要> |
本研究は、消費者問題の中で重要な位置を占めている住宅の欠陥問題に関する対策として、現在、先進自由主義諸国で実施されている住宅保証制度の特徴を明らかにすることを目的に、主として文献資料と訪問調査とによって、各国の制度を調査分析したものである。 本報告書は、次の通り8章から構成されている。報告書の第一章は、住宅の欠陥問題の背景について、わが国の事情と住宅一般に関して共通する問題として、建築学的観点及び市場理論的観点から分析し、伝統的制度の限界と住宅保証制度の必要性とを明らかにしている。第二章から第七章は、わが国を含め主要先進諸国において、現在実施されている住宅保証制度の成立経緯、その概要及び特徴を明らかにしている。
最後に第八章においては、前章までの結果に基づき、わが国の制度の運営又は今後の改善のあり方に関する基本的視点を明らかにするために、建築学的及び経済学的観点から、制度の機能と限界及び制度の合理性評価方法等を論じている。
第二章から第七章において明らかにした各国の制度の特徴については、次の通りである。
フランスの住宅保証制度は、民法の強行規定に基づく、建築物の品質保証責任(瑕疵修補責任)制度を中心に構成されている。この制度は、1967年の部分的な改正を経て、1978年に大巾な改正を受けることになった。
この責任制度は、構造主体に関して10年間、その他の部位に関して2年間の瑕疵修補責任を定めている。これを経済的に担保するために、1928年に責任保険が開発され、同時に、保険成立の要件として、検査制度が発足した。
事故が発生した場合、その責任の確定は、フランスでは、正規の裁判制度による。裁判が終了するのに、平均8年の歳月を要したといわれている。この間に、事故は処理されず、保険も機能しない。
旧制度は、一見、手厚い消費者(注文主)保護を規定しているにもかかわらず、現実はこのように、事故の救済が迅速には行われなず、保証に要する費用の高騰が保険料を引き上げていた。この点が、旧制度の最大の問題点であった。
新制度は、この点を解決するために、責任保険と物保険を同一建物について二重にかける強制保険制度を採用したこと、及び初めて法定の建築審査(検査)制度を導入した点に特徴がある。
英国における住宅保証制度は、National House-Building Council(NHBC)により、新設持家住宅を対象に運営されている。NHBCは、名称から受ける印象とは異なり、純粋な民間機関であり、設立は、1936年である。以後、政府の介入を排除しながら発展し、1965年には、10年保証制度の導入、1968年には、Building Societyの融資との連携が実現し、1973年には、建物欠陥法の中で正式に位置づけられることになった。
このようにNHBCの制度は、住宅業者の自主的な制度が発展して全国的な制度となった点に特徴がある。
また、業者の保証責任期間が2年、1年と短く、10年保証は業者が費用を負担する物保険によって、NHBCが行う点に特徴がある。この点は、買主の負担により、保険金額をインフレに合わせて上昇させるための追加保険制度の導入を可能にしている。また、住宅の完成引渡が行われなかった場合の購入者の損害もNHBCが補償する。制度全体の運営コストは、最も低い水準にあり、紛争の大部分は、NHBCの調停により処理されることは注目に値する。
米国の住宅所有者保証制度(HOW)は、全米住宅建設業者団体のNAHBが、消費者保護政策の一環として企画した建売住宅市場に対する連邦政府の介入を阻止する目的で、1973年に創設した自主的な制度である。
この制度は、英国のNHBCの制度を調査して創られたものであり、NAHBの100%出資会社により運営されている。
HOW制度は、NHBCの制度とて類似しているが、次の点で相違する。
住宅業者が責任を負う初期保証期間以後は、保険者が、保険によって10年保証を行う。また、HOW独自の検査は、一般的には行われない。住宅の完成引渡に関する保証は行われない。紛争はAAAの規則により処理される。
オランダにおいては、極めて公共的性格の強い住宅保証協会(GIW)が実施している。この機関の設立は、1974年である。制度は、協会が定めた公開されている基準類によって規定されており、法令に基づく強制的なものではない。しかし、宅地供給に関し強い支配力を有する公共団体の支援を受け、影響力は、極めて強力である。
保証責任は、民法及び協会の保証基準により定められているが、責任期間は建築物の部位の性能に応じ10年〜6ヶ月と細かく規定されている点に特徴がある。住宅の完成引渡保証制度も採用している。
保険は、すべて、債務保証保険で、業者の不履行を要件として機能するところに特徴がある。紛争は、裁判を排して協会の理事が行う仲裁に付される。
わが国においては、建設省住宅局を中心に、保険会社の協力を受け、制度の調査研究が進められた。当初は、プレハブ住宅を対象に制度開発が企画されたが、結果として、導入に積極的であった在来構法住宅の荷ない手である中小工務店業界を対象に実施されることになった。
制度の構成は、保証責任制度に関しては、大陸法系の民法を背景として必然的にフランスの制度(旧制度)に類似したものとなった。しかし、その他の品質管理制度、業者登録制度あるいは制度運営等は、英国の制度に近いものとなっている。
ドイツにおいては、本研究でいう住宅保証制度は存在しない。カナダにおいては、英国に類似した制度が運営されている。ただし、州によっては、強制的制度を採用している。オーストラリアにおいても英国の制度に類似した制度が存在する。スウェーデンにおいては、消費者団体と建設業者団体との協議に基づいて、独自の保証制度が実施されている。長期保証の対象となる損害の内容、保険者の求償等に特徴がある。
最後に、第八章においては、
責任の裁定は、最安価損害回避者の原理に基づき行われることが合理的であること、 品質管理は、保険による損害の予防救済費用の外部化を防ぐために必要であるが、品質水準の決定が本来、企業の重要な意志決定問題であるので、企業の自主性を尊重することが合理的であること、 保証基準は、品質基準および瑕疵基準として機能するが、その規定水準は、確率論的曖昧さを持つことが不可避であること保険制度については、保証責任期間が極めて長いので、保険料及び保険金の収支の不均衡が発生し易いこと、紛争に関しては、合理的な契約は、本来、紛争関係を内包するので、建築物の固有の性質上、紛争が生じ易く、公正な解決は困難であること。
また、住宅保証制度は、運用によっては、技術開発促進効果を持つこと、制度の合理性は、大まかには、住宅一戸当たりの制度運営費用の額によって評価することができること、等が明らかにしている。
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