Settlement and Crack Observation of Structures in Hiroshima
Yorihiko OHSAKI
建築研究報告 No.21, 1957 建設省建築研究所
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<概要> |
軟らかい粘土層上にある構造物の沈下を算定する理論は約25年前にTerzaghiによって示され、現在にいたるまで構造物の沈下計算はほとんどすべてこの理論によっているが、その間実際の建物について沈下量の実測値と計算結果を系統的に比較することによってその信頼性を確かめようとする試みは意外に少ないようである。
この報告では、このような比較検討の資料の蓄積に資する目的で、広島市における24棟の建物を調査の対象とし、その算定ならびに実測沈下量の比較をおこなってみたものである。
とくに広島市において調査をおこなったのは
- 広島市はほとんど市内の全域にわたって、地盤の状況がきわめて簡単かつ一様で上述の解析をおこなうのに適している。すなわち市内のほとんどどの部分でも表層の10mは中位の拒対密度をもつ砂質層であって、その下約30mの深さまでは軟らかいシルト質粘土が堆積していて、以下非常に硬い礫層となる。
- 下部粘土層の影響を考慮しないで、かなりに高い上部砂層の耐力に頼って浅い基礎を設計し、その結果長期間にわたって顕著な沈下を起こした建物が多数ある。
- 元広島県建築課長高井芳治氏のご好意により、市内の地盤ならびに建物の沈下測定記録に関する多数の貴重な資料を入手できた。
等がその理由である。
広島市は太田川河口の平坦なデルタ上に発達した都市であって、地表面標高は数カ所の高台部分を除いて大体0〜5mの間にある。市内の地盤については現在にいたるまでかなり広範囲にわたってボーリングによる調査がなされており、前記高井氏のご好意によって57本のボーリング柱状図が入手できた。そこでこれらボーリング記録を詳細に調査した結果、前述のように市内の深さ約30mにいたる間の地盤は、市内全域にわたってほとんど水平に連続している3つの主要地層に大別できることを確かめた。図3-1および図3-2はこれらボーリング資料に基づき、それぞれ図2のN-S線およびE-W線に沿って示した代表的な地層断面図である。すなわち
- 地表面から7〜10mの深さまで続いている第1層は、細粒から粗粒にわたる砂質層であり、その単位体積重量γ、間ゲキ比e、飽和度Sは図4に示す通りである。標準貫入試験によるN値は大体10〜15の範囲にあり、45p角載荷盤による載荷試験結果によれば地耐力は15〜30ton/の間にある。
- 第2層は厚さ約20mにおよぶ軟らかいシルト質粘土の厚い堆積層であって広島層と呼ばれている。このm2層の土質力学的な特性は、図4に単位体積重量γ、間ゲキ比e、飽和度Sを、図5に含水比w、液塑性限界uLおよびwP、図6に1軸圧縮強度、図7に粘着力と内部摩擦角、図8に圧密試験時の時間−王密量曲線、図9に時間と圧密度Uの関係、図10および図11にその圧縮指数Ccおよび圧縮比を示したごとくである。特性値は非常にちらばりが大きいが、一般的にいって軟質で圧縮性が大きく鋭敏比の高い地質であって、市内の建物の顕著な沈下の大半はこの層の圧密に原因するものである。
また図12に示した先行荷重と土被り荷重の関係と、デルタの成因から考えて広島層はnormally loadedと考えられる。
- 第3層は広島層の下部にある硬い礫層である。
実際の調査は市内で図13に示した比治山地区、千田町地区、吉島地区の3地区を選び、これら3地区の中にある24棟の建物についておこなった。24棟のうち17棟はアパート、5棟は学校、2棟は病院である。調査した各建物の名称、構造種別(鉄筋コンクリート造、ブロック造、煉瓦造の各種がある)、地上および地下の階数、竣工後の経過年数を一括して示せば表1のようになる。
建物の各部における沈下量の実測は近くの地上においたレベルによったが、建物には特別に沈下測定用の標点が設けられていないので、外壁における腰石、窓台、バルコニー等の高低差、あるいは場合によっては建物内部の床仕上げ面の高低差を測量した。このような方法によればもちろん施工時の施工誤差がレベルの読みに含まれるが、この誤差は沈下量の大きさと比べれば一般に無視しうるものと考えた。なお一般に建物の沈下といっても、基準線のとり方いかんによって図14(b)(c)(d)のような各種の表し方があり、ここではこれらをそれぞれ「絶対沈下」「不同沈下」「相対沈下」と呼んで区別したが、この調査では沈下の測定を上述のような方法によらざるをえなかったので、絶対沈下量に関しては資料を求めえない。
沈下量の算定はつぎのような仮定と操作によっておこなった。
- 上部砂層は非圧縮性のものと仮定し、第2層である広島層だけが沈下に寄与するものとした。
- 2次圧密および土の側方変位による沈下は無視し、沈下は鉛直方向の1次圧密のみによるものと考えた。
- 前述の土質特性値の平均値をとり、上部砂層の単位体積重量を1.64ton/m3、水中比重を0.65ton/m3と仮定した。
- 同様に広島層の水中比重を0.58ton/m3、間ゲキ比を1.79と考え、圧密曲線を図15のように仮定する。圧縮指数Ccの値としては、図10から平均液性限界wL=85%に対しCc=0.67、図11から平均自然間ゲキ比e0=1.79に対しCc=0.64をうるので両者の中間をとってCc=0.65とし、一律にこの値を用いた。前述のように広島層はnormally
loadedと考えうるから、土被り荷重そのものが先行荷重P0となる。
- 各建物下における地下水位面ならびに広島層の上下端の深度は、近傍のボーリング柱状図を参照して定めた。
- 建物の重量のうち自重は設計図面から拾い、積載荷重は一応地震時の設計計算に慣用されている値の1/2をとったが、後者は自重に比してほとんど問題とならない大きさである。根入れある場合は排土重量をこれら建物重量から差引いた。
- このようにして求めた建物荷重が基礎盤底面および杭基礎の場合は杭先端面の深度で、全建物面積にわたって一様に分布して地盤に加わるものと仮定した。
- 地中応力の算定はBoussinesqの式あるいはNewmarkの図表によった。すなわち上部構造には全然剛性がないものと仮定する。
- 実際の建物の場合の圧密度Uは、竣功後の経過年数を厚さh=2.54pの圧密試験試料の場合の経過時間に換算し、図9の曲線によって求めた。
以上のような計算操作を一例によって示せば図20のごとくである。
調査した各建物の平面図、外壁にあらわれた亀裂の状況、実測した不同沈不量(実線)と算定沈下量曲線(点線)が図19ないし図60に示してある。これらの諸図でみられるように、不同沈下量の実測値と算定値はきわめてよく一致したものもあり、またかなり異なったものもあるが、大体に両者のオーダーは一致している。また建物が1列に並んで建っている場合(図30あるいは図37)列全体としての沈下をみると、中央の建物の実際の沈下は、地中応力の重なりを考慮に入れた算定値よりも遙かに大きい。図48,49,50のように建物に地下室があると、この部分の沈下が非常に小さいことが注目せられ、沈下軽減対策としての地下室の効果が明らかに認められる。これに反して、短い杭を打ったものもあるが、杭の効果はほとんど認められない。また亀裂の状況は大体においていわゆる八字型である。
なお図61には各建物の実測沈下量を相対沈下の形に直し、これと算定沈下量とを一括して比較した。図中の基準線で太線の部分は亀裂のあらわれた所であり、細線の部分は亀裂の発生していない個所である。そこで図61における実測相対沈下量曲線の各測定間隔ごとの傾斜を図62に示したように変形角θと定義し、各調査建物別に亀裂のない部分の変形角を○印、亀裂を発生した部分の変形角を×印でプロットしてみると図63および図64のようになる。図63は鉄筋コンクリート造、図64はブロック造に対して求められたものである。これらの図から鉄筋コンクリートの場合もブロック造の場合もθr=1〜2×10-3という値が亀裂を発生する限界変形角であると一応結論できる。
最後に、実測相対沈下量と算定沈下量をやや定量的に比較する目的で各沈下測定点における両者の比をとった上で、これを各建物ごとに平均した値をαとし、図61に各建物ごとにその値が記入してある。αの値を一括して示すと図65のようになり、大体α=0.2〜1.1の間にある。横軸に建物の階数をとったのは階数の高い建物ほど剛性が高いと考えたからであって、沈下の測定法や計算法の精度からいってあまり適確なことはいえないが、剛性に高い建物の場合ほど実際の不同沈下は計算によって求められる値(前述のように計算では建物に剛性はないと仮定している)に比して小さいという傾向が認められる。
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